気ままに樹紋

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キモノ時代エピソ-ド.1

20050510224446.jpg
私が茅ヶ崎に住み着いたその年に、松浪2丁目にオープンした洋食屋さんビストロ“ミ○ス”。
18から19の頃に何度か行ったきり、店が移転したこともあって、何十年も訪れたことがないが、味は良かった。当時の客に、若い加山雄三さんの名があったが、店で出会ったことはなかった。
茅ヶ崎は商売が難しい町。移転はさらに人通りの多い場所のようだし、今の店は知る限りでは3度目の移転になる。オーナーシェフはさらに腕を磨いたに違いない。


ミ○スには会社の先輩に誘われて行った。その先輩の同級生でファントムのパイロットがいた。この店がお気に入りで何度か厚木からやって来た。はじめて店の看板を見たとき「ああ、マインズって言うのか」と言ったが、ホントにファントムを飛ばしているのか疑いたくなった。英語だろうがイタリア語だろうがマインズと読むのは難しい。
美味しい上に、給料が安い私達が客になれた、お手ごろ値段のメニューでいい店だったのに、足が向かなくなった理由は移転のほかにあった。

血の気の多い若い社員が、ボクシングをやっていたシェフに憧れて、店に出入りするようになった。そうして、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、劇的にいろいろなことがあった。

若い社員。当時彼は15歳。人懐っこいヤツだった。私を慕ってくれていた。
彼の私へのおもいやりは笑えた。
体が小さいくせに、私を自転車の後に乗せて、びゅんびゅん漕いだ。「先輩。可愛い子が前を歩いてるからお尻触れるように自転車寄せま~す!」と言いながら、本気で自転車を女性に寄せる。
そんな考えは間違っていると、ことあるごとに繰り返して教えなければならない子だった。
間違っているけど、やさしい子だった。

だが彼は社に長くはいなかった。
酒を覚え、シンナーに手を出し壊れてしまった。
故郷に帰らざるを得なくなってしまったが、十代の内に逝ってしまった。噂では、監禁状態の中で、茅ヶ崎を懐かしんでいたと聞く。
生きていれば、彼にも孫がいるかもしれない。それほど時が経ったのだが、包丁を振り回して私たちに「ぶっ殺すぞぉ!」と暴れた彼の姿は、今も生々しい。
とてもいい子だったから、思い出すとまた涙する。


下描き:なし
画材:水性ボールペン+透明水彩絵具
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  1. 2005/05/11(水) 00:07:22|
  2. いろいろ…
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

昔だからまだ少ないエピソードだけれど
今ではねぇ、多すぎてそれも青春と言えないね。
  1. 2005/05/12(木) 10:19:55 |
  2. URL |
  3. chicoya #-
  4. [ 編集]

でもねえ、話盛りだくさんの会社だった~
  1. 2005/05/12(木) 13:43:05 |
  2. URL |
  3. ジュモン #-
  4. [ 編集]

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