気ままに樹紋

●ジュモン'絵ブログとして、スケッチ主体ではじめましたが、写真も加えることにしました。●画像は拡大(クリック)して見てください!

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

いたずら三昧の日々



18で入った会社は圧倒的に女性社員が多くて、先輩もジョシが過半数。
あの頃はしょっちゅういたずらしてたなぁ。

入社したばかりだからジョシ社員も全員大先輩だった。

たとえば昼休み。
みんなドーッと息抜きに外出する。
見れば先輩の洋服が壁のハンガーに吊るされてる。

昼休みが終わって、ドーッと戻ってくる大先輩ジョシ。
その1人が怒りとお腹のよじれで顔をゆがめ、床を、机を叩きながら泣き笑いで言ったものだった。
「ほんとーに腹が立つ!でも可笑しい^^似てるから可笑しい~~。くっそーでも腹が立つ!でも憎めないっ!」

泣き笑ってる先輩のハンガーにかけられた洋服に、当人の似顔とO脚の脚を紙に描いてセットしただけのことなんだけど、今考えれば、人のコンプレックスをいたずらと言う手口であからさまにして、なぜかそれが受けていた、空恐ろしい少年時代の末期だった。

頭に乗ってた。
社長婦人から、あんたのそういうところが社員のなごみになってる。遠慮せずにやりなさい。
なんとお墨付きをいただいちまった、とんでもない青き時代を過ごしたのだった。
当然、いたずらはこれにとどまらず。
  1. 2006/08/18(金) 02:52:02|
  2. 郷愁…
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:9

古いカンプ

HB

大掃除をしていると、古い新聞や雑誌、アルバムなどに目が行き、手が止まるということがある。
大掃除ではなかったが、ちょっと探し物をしていて目にとまった、懐かしいカンプの黒白コピー。

[古いカンプ]の続きを読む
  1. 2006/07/09(日) 21:54:39|
  2. 郷愁…
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:7

オヤジの策略?

高校以来会っていない父は、転職を何回かしたが、基本はドライバー。
ボクがトドラーサイズだった頃、西鉄バスの運転手だったが、ボクをよく仕事場に連れて行ってくれた。
バスの最前席にボクを座らせて、バスを運転したこともあった。
アルバムには、制服姿の若い女性の車掌さん数名に抱っこされて、バスの前で撮った写真などがある。

ボンネットバス



[オヤジの策略?]の続きを読む
  1. 2006/05/03(水) 23:57:29|
  2. 郷愁…
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

かたっぽだけの靴の話-3

松葉杖

じいちゃんが買ってきた靴の話“完結編”だ。

昨年3月5日「高級品」のタイトルで、亡き祖父が買ってきた片方だけの靴の逸話を書いた。続いて同年11月2日。母に記憶を辿って描いてもらったラフを元に、より実物に近い靴の絵を描き、「かたっぽだけの靴の話」のタイトルで、続編をアップした。

しかしまだ続きがある。いや、オチと言うべきか?

[かたっぽだけの靴の話-3]の続きを読む
  1. 2006/04/20(木) 00:29:33|
  2. 郷愁…
  3. | コメント:2

うさぎの隠れ家

バニー

鈴木の軽自動車「Lapin(ラパン)」がお気に入りの友人が、Lapinはフランス語でうさぎのことだと、かなり前に、ホームページで書いていました。
うん、それは知ってる。

先日早朝、PCのモニターをTV画面に変えたら、モンマルトルの路地や丘の映像がこぼれてきました。
仕事の手を止めました。
ピカソが訪れ、ユトリロがキャンバスに念写したキャバレー「LAPIN AGILE(ラパン・アジール)」に、画面が切り替わったからです。
薄暗く狭い、懐かしい空間!


[うさぎの隠れ家]の続きを読む
  1. 2006/03/07(火) 09:09:11|
  2. 郷愁…
  3. | コメント:4

続・かたっぽだけの靴の話

爺ちゃんの靴

3月5日エントリーの、頑固一徹爺ちゃんが買ってきた、かたっぽだけの靴の話に、興味を寄せてくれた人に、少しでも正確な靴のイメージをつかんでもらえたらと、母にラフでいいからどんな形だったか描いてくれと頼んだのは春のこと。

60年以上前に母が見た靴。
ようやく秋になって、母が描いてくれたラフスケッチが、母と同居する妹の写メで届いた。

私はこれまで、爺ちゃんが買ったものだから、紳士靴と思い込んでいた。
だが、母のスケッチとメモを見る限り、花飾りやベルト付きのデザインは婦人靴だ。
みんなで代わる代わる履いてみたと言っていたが、母は女だけで8人姉妹だから、興味を持った靴は婦人モノであると、単純に推理するべきだった。
しかし、母の兄弟姉妹は、個性的だし、何より誰より祖父が突き抜けて個性的だったから、伯母達が紳士靴に見惚れて、かたっぽだけの靴を試着したと、私が勘違いするのは仕方ないことでもあるのだ。

母のラフ

母が描いてくれた、このスケッチを元に、色鉛筆をメイン画材に描いてみた。
  1. 2005/11/02(水) 05:22:39|
  2. 郷愁…
  3. | コメント:2

横浜市電

横浜市電

ブログ友達のmurasakiさんが、都電荒川線、長崎市電と立て続けに、路面電車をネタに取り上げたのに影響を受けて、昔乗った横浜市電がフラッシュバックした。
たった1度しか乗ったことが無い横浜市電。
神奈川県民になった始めの年だったと思うが、通称“ちゃあバア”に案内されて、桜木町に出かけた日。横浜駅東口の電停から乗り込んだ車両が、ちんちん電車の決定版といわれた“1500型”のこの路面電車だった。
そのときの電車に関する思い出はないが、横浜駅の東口駅前は広々としていて、海が見えた。海沿いに走って桜木町へ向ったと記憶する。
[横浜市電]の続きを読む
  1. 2005/10/19(水) 23:54:15|
  2. 郷愁…
  3. | コメント:6

“青春の門”

駒込駅

あるいは“心の駅”
故郷を出て到着したのは東京駅の10番ホ-ム。しかし改札を出て東京の地に下り立ったのは駒込駅だった。
以来、生活拠点は神奈川県茅ヶ崎市だが、人生の節目に出会った人たちとは、ほとんどが都内を舞台に出会った。
切ない思い、悔しい思い、そうして嬉しい思いも、この駅が感情の出入り口となることが多かった。


[“青春の門”]の続きを読む
  1. 2005/09/19(月) 23:56:16|
  2. 郷愁…
  3. | コメント:2

青い時代は

本郷通り

実は、本郷通りを歩いたのは数えるほどで、不忍通りが駒込生活の基本道路だった。
都電に乗ったり、動坂で映画を観たり、ご飯を食べたりした。茅ヶ崎と駒込の往き来も車だったから、首都高速の護国寺ICと本駒込神明町を結ぶ不忍通りが、駒込生活の基本道路になったのは自然なことだった。
[青い時代は]の続きを読む
  1. 2005/09/07(水) 02:54:40|
  2. 郷愁…
  3. | コメント:2

駒込橋(続)

駒込橋

昭和40年代は、駒込橋の上(本郷通り)を都電が走っていた。
橋の下を山手線が走り、立体交差して上を都電がゴトゴト走っていた形跡は一見もう見当たらないかのようだが、かつての電停の名残が、道路の中央にある。
[駒込橋(続)]の続きを読む
  1. 2005/09/06(火) 01:15:42|
  2. 郷愁…
  3. | コメント:2

扇風機

扇風機
レトロなモノ、アンティークなモノに興味が向うことが多い。
昭和初期の扇風機が売られているのを見かけると、ウィンドーの前でつい足をとめて見入ってしまう。猛烈に「買うぞ!」とまでは行かないが、ちょっとその気になることは多い。

[扇風機]の続きを読む
  1. 2005/08/17(水) 23:35:20|
  2. 郷愁…
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

終戦記念日

盆踊り
そしてお盆。
お盆にまつわる思い出は多いが、中でも盆踊りのシーンはよくフラッシュバックする。
私の盆踊りのイメージは母の故郷の盆踊り。
度々登場する母の故郷は、福岡県鞍手郡宮田町本城。

マザーグースに「おとこのこは なにで できている?」「おんなのこは なにで できている?」というフレーズがある。
私の一部は、母の故郷のエキスでできていると思う。

子供の時分に見た田舎の盆踊りは、その土地の風土が生み出した特有の文化だった。もちろん他の地域の影響は受けるはずだが、今のようにメディアを介して、一気に全国に伝染することはなかったから、中にはガラパゴスの生物然とした、独自の文化を育んだ地域もあったのだ。

[終戦記念日]の続きを読む
  1. 2005/08/15(月) 21:55:38|
  2. 郷愁…
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

夏・おもいで

ポンプ小屋
水田に水を引くためのポンプを設置した小屋があった。
農家の若い衆が交代で寝泊りして監視できるように、畳1畳の簡易ベッドが作りつけてあり、夏休みの間は何度か叔父と寝泊りしたことがある。
小学生の頃の夏の思い出だ。

[夏・おもいで]の続きを読む
  1. 2005/08/13(土) 23:11:26|
  2. 郷愁…
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

馬車は

20050623230107s.jpg
農家に普通にあった。
母の実家にも牛はいた。だからこちらは牛車だ。
馬好きの私は、馬と馬車だったら良かったのにと思っていた。
どうせ牛を飼うなら、黒毛がいいと思っていた。見た目黒毛の方が逞しく強そうに見えた。

[馬車は]の続きを読む
  1. 2005/06/23(木) 23:15:02|
  2. 郷愁…
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

幼稚園は

20050621112028.jpg
サイドカー作戦でも1週間もたなかった。

サイドカーで通園途中に、毎日見かける箱馬車があった。
他の幼稚園の通園用馬車だ。
今では幼稚園と言えばマイクロバスだが、昭和の一時期は、私の町以外でも、馬がとことこと引く馬車で送り迎えする幼稚園があったようだ。
馬が好きだったから、馬車で通園するよその子がうらやましかった。
もしかしたら、
馬車通園だったら続いたのかもしれない。

[幼稚園は]の続きを読む
  1. 2005/06/21(火) 11:35:10|
  2. 郷愁…
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:5
前のページ 次のページ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。